ダンブリ長者と米代川(よねしろがわ)

「くまさん自然農園」にとって“母なる河”米代川は、岩手、青森、秋田の県境にある中岳(1024m)に源があり、岩手から花輪・大館・鷹巣盆地を経て能代平野から日本海に注ぐ延長136kmの豊かな1級河川です。
この米代川の名前にはおもしろい伝説があり、なんでも鹿角地方に住む「ダンブリ長者」と呼ばれる長者の屋敷から多量のお米をとぐ白いとぎ汁が河に流れ、「米白川」と呼ばれたことから「米代川」となったのだそうです。その他にも、蘭医で地理学者の古川古松軒が紀行文に「野代川」と書いています。「野代」は野に代ることから、能く代わるように「能代」と改称され、河口が砂堆地で「砂代(ヨネシロ)」といわれたなどの説もあります。米代川は古くから舟運が盛んで上流の村々から秋田杉や鉱山の金・銅・鉛などを運ぶ動脈だったのです。川幅いっぱいに水が流れる米代川は、大洪水を起こしながら肥沃な地をもたらし、ダンブリ長者を育てた豊かな土地を生んだ“母なる河”なのです。

参考文献:あきた北空港/前川清治・秋北新聞社

地形から生まれた「鷹巣」と「前山」

私たちの「くまさん自然農園」のある北秋田市は平成17年、鷹巣・森吉・阿仁・合川の4町が合併して誕生しました。「母なる河」、米代川流域と白神山地の 懐に抱かれた鷹巣盆地にあり、自然豊かな地です。米代川は古くから洪水を繰り返し、その氾濫原から作られた小高い段丘の台地が「高州(たかす)」と呼ばれ たことから「鷹巣」の地名が生まれました。
また、羽州街道が山麓を横断する「前山」は、米代川に注ぐ前山川の下流で米代川に突き出した山根ぎりぎりまで田地が伸びた地形から、「前山」と呼ばれたそ うです。特異な地形と枝沢が多い前山地区は昔から人々が協力して田畑を作る自作農家で“協働のむらづくり”精神が根づいていました。
「天保飢饉」(1832年〜1836年)でも、前山村は大凶作に備えて「籾」を蓄えていたことから、鷹巣村とともに一人の餓死者も出さなかったとの記録が残っています。前山には豊年満作と厄除けを祈願する珍しい盆踊りが伝承されていますので、またお話しましょう。