雑穀から生まれた「粒粒辛苦」

祖父母や両親から「お米はお百姓さんが苦労して作るのだから、一粒たりとも粗末にしてはダメ」と言われた事は誰にもあることです。
中唐の詩人、李紳(りしん・780年〜846年)の漢詩「憫農(農をあわれむ詩)」に、有名な「粒粒辛苦(りゅうりゅうしんく)」という一節があります。
今、私たちが食事のときに「めしにしよう」と言いますが、めしは蕎麦やラーメン、ハンバーガーでもいいように、漢字で「米」と書くと語源的には穀物の粒のことで、あわ、きび、ひえも米と呼んでおり、その一粒一粒が作った人の苦心の結実であることから、物事をやり遂げる・苦労し抜くこととして知られています。
万葉集に「住吉(すみのえ)の岸を田に懇り(はり) 蒔きし稲 かくて刈るまで会はぬ君かも」とあるように、苦労して開墾して蒔いた稲を刈り取るまでは恋しい君にあえないことがとても辛いです、という意味ですが、苦労の連続の末に実る雑穀たちに愛しさを感じます。